「おーいおいどん」の家庭菜園・園芸・地域情報

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人との繋がりを求めて:お日待ちの意味

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今日は、地区の「お日待ち」である。
正月の慌ただしさが少し落ち着いた頃に行われる、地区の恒例行事だ。

名前だけ聞くと、いかにも古くから続く信仰行事のように思えるが、
実際には、今行われている内容と、その名が示す意味との間には、
少し距離があるようにも感じている。

町誌に見る「お日待ち」

町誌には、「お日待ち」について次のような記述がある。

これは元は日神に対する信仰から発足しているのであるが、
今ではその信仰面は薄くなって、
食事を共にすることに重点が移ったかの感さえある。

集落によって日は異なるが、大抵正月の六、七日頃である。

(旧藩時代の日記によると、正月・三月・五月・九月に
日待ち、影待ち行事がある。)

旧時は前日から当屋に忌みこもって、日の出を拝んだのであるが、
今は当日の定刻に集合して神事(神式または仏式)を行い、
氏神に参拝して帰り、
その後、協議や役員の交替、予算・決算や行事の決定がある。
終わって飲食に移るのである。

飲食のことは年々交替するから、
大体品数や金額で制限して、
範囲を超過しないようにしている。

――町誌より引用

日神を待つ行事だったころ

かつては、前日から当屋に籠もり、
身を慎みながら夜を過ごし、
夜明けとともに日の出を拝んだという。

日神への信仰、
太陽の再生を願う心、
一年の始まりを清める意味――
そうしたものが、「お日待ち」の核にあったのだろう。

今のお日待ち

しかし、少なくとも私の知る限りでは、
神事をしている場面を見たこともなければ、
そうした話を聞いたこともない。

現在行われているのは、
役員の交替などの事務的な決定と、食事会のみである。

地区によっては、
食事会を行わず、弁当を配って持ち帰るだけのところもあると聞く。
また、ある地区では、
ホテルのテーブル席で食事会をするところもあるそうだ。

同じ「お日待ち」という名の行事でも、
その姿は実にさまざまである。

コミュニケーションの場として

若い人たちは、
そもそも「お日待ち」という言葉を使わない。
日神信仰という言葉に至っては、
ほとんど共有されていないだろう。

行事はいつの間にか、
単なる地区のコミュニケーションの場へと変わっている。

実は、私自身も、
あまり積極的に参加したいと思っているわけではない。
飲酒を伴うコミュニケーションが、少し苦手だからだ。
杯を重ねることを前提とした集まりに、
どこか居心地の悪さを感じてしまう。

行事が続くということ

信仰的な意味を前面に出して行事を行うことは、
今の時代、確かに難しいのだろう。
価値観は多様化し、
「信じること」を共有すること自体が、容易ではなくなっている。

太陽を待つ行事は、
人を待つ行事になり、
やがて「予定に組み込まれた用件」になっていく。

お日待ちは、何を待つ行事なのか

信仰が薄れ、意味が共有されなくなったとき、
行事はそれでも続けるべきものなのだろうか。
それとも、形だけを残すことに、別の意味が生まれるのだろうか。

「お日待ち」とは、いったい何を待つ行事だったのか。
そして今、私たちは、
何を待つために集まっているのだろうか。