
九月六日。
今年も十五夜がやってきます。旧暦の八月十五日。月見団子やススキを思い浮かべる方が多いと思いますが、私の故郷・鹿児島では、少し違った十五夜の風景が広がっていました。
それは――「十五夜綱引き」。
今ではやめてしまった集落も多いそうですが、かつては鹿児島県下のあちこちで行われていたという行事です。
子供たちの最大イベント
思い返せば五十年以上も前。私がまだ小さかった頃、十五夜の夜は子供組が主役でした。
年間を通して一番大きな行事、それが十五夜綱引きだったのです。
準備は十五夜当日ではなく、かなり前から始まります。
子供組と青年組とで山へ入り、「カヤ」や「カンネンカズラ」を集めてくるのです。
カヤの葉は鋭く、手足のあらゆる場所を切って血をにじませたことを、今でも覚えています。
集めた材料を持ち寄り、青年たちに手伝ってもらいながら三つねり五つねりして大綱を作ります。
直径はどれほどあったのでしょうか。運動会の綱なんて比べものにならないほどの巨大さでした。
完成した綱は蛇のとぐろのように積み上げられ、十五夜の供え物が置かれます。
民俗的には「十五夜綱=蛇や竜」に見立てられるそうですが、当時の私はただただ「大きい!」と驚くばかりでした。
綱をめぐる攻防
やがて夜。
十五夜の月が昇ると、いよいよ綱引きの始まりです。
対戦は「子供組」対「青年組」。
子供たちは必死で引き合い、女性や大人は見物に回ります。けれども子供組が押され始めると、周囲から応援に駆けつけて加勢することもありました。
一方の青年組は容赦ありません。
乱暴に振る舞い、綱の上に乗ったり、子供をおっぱらったり。最後には刃物で綱を切ってしまうことさえありました。
私自身、引き合いの最中に青年組に押され、稲刈りの終わった田んぼに落ちたことがあります。
しかし幸いにも、土は柔らかく、けがをすることはありませんでした。
今思い返すと、それもまた鹿児島の十五夜ならではの思い出の一コマです。
三叉路の記憶
綱引きの舞台は、地区の中心にある三叉路。
月の光に照らされた土の道で、掛け声や歓声が響き渡ります。
子供の汗、土の匂い、笑い声とざわめき――鹿児島のあの十五夜の夜の空気は、今も心の奥に残っています。
今はもう
しかし今では、人も子供も減り、あの十五夜綱引きが今も続いているのかどうか、私は知りません。
あの三叉路に大綱が積まれる光景を、この目で見ることはもうないのかもしれません。
それでも十五夜の月を見上げるたびに、私は鹿児島のあの夜の声と風景を、そっと心の中に呼び戻しているのです。
みなさんの地域では、十五夜にどんな風習がありますか?