
今日は大寒。
暦の上では、一年でいちばん寒い時期に入った。
実際、朝から空気が痛い。
天気予報では「これからさらに冷え込み、雪の可能性あり」と言っている。大寒気団が迫っているらしい。言葉だけでもう寒い。
大寒は二十四節気の最後で、寒の入りから数えて十六日目。
一年の寒さの極みだという。沢は凍り、地面は固まり、人の体も心も少しずつ縮こまる頃だ。
昔の人は、この日に汲んだ水を「大寒の水」と呼び、腐りにくく体に良いと珍重したそうだ。
日本酒や味噌、醤油の寒造りも、この時期に仕込むと味が良くなるという。寒さをただの苦行にせず、知恵に変えてきたところが、日本人らしい。
……とはいえ、寒いものは寒い。
正直、体も心配になる。
雪が積もれば動きづらいし、冷えは関節に来るし、気分もどこか内向きになる。
それなのに、不思議なことに、こんな日に限って春のことを考えている自分がいる。
大寒の頃には、蕗の花が咲き始め、鶏が卵をかえし始めるという。
凍りついた沢の下では、水が流れ続けている。
見えないところで、季節はすでに動き始めている。
「春はもうすぐだ」と思う自分と、
「いやいや、寒さはこれからが本番だろう」と思う自分。
この二つの気持ちが、同時に胸の中にある。
たぶん、それが大寒という季節なのだと思う。
寒さの絶頂に立っているからこそ、次のぬくもりを想像してしまう。極みに達したものは、あとは変わるしかないと、どこかで分かっているのかもしれない。
大寒たまごを食べて、一年の健康を願い、
冷えた手をこすりながら、春を待つ。
寒さは、確かにこれからだ。
でも同時に、春もまた、確実にこちらへ向かっている。
そう思えるだけで、今日の寒さは、ほんの少しだけ、やわらぐ気がしている。