扉の隙間から、臆病な愛猫がふらりと外へ出てしまいました。
あれだけ可愛がったのに──という寂しさと、
それでも自由を選んだ彼の気持ちを想像しながら、
今はただ静かに、帰りを待っています。
猫が逃げた朝
気づいたときには、
家の扉がわずかに開いていた。
胸の奥が、すっと冷たくなる。
彼──私の大切な猫──の姿が、どこにもない。
また、日のあたる場所で日向ぼっこでもしているのだろう。
最初はそんなふうに、気楽に考えていた。
けれど、家の中を探しても、
庭を探しても、
どこにもいない。
静かだ。
いつもの小さな鳴き声さえ聞こえない。


臆病な彼が選んだもの
彼は、とても臆病な猫だ。
知らない音がすればすぐ逃げる。
見慣れない人が来れば、ベッドの下へ隠れる。
そんな彼だから、遠くまでは行かないはずだと信じていた。
植え込みの影を覗き、
車の下を覗き、
物置の隙間まで探した。
けれど、そこにもいなかった。
たくさんの思い出
思い出す。
彼が病気になったとき、
抱きかかえて動物病院へ連れて行った。
一晩中心配して眠れなかった夜。
おやつ売り場で、どれが好きだろうと悩んで選んだ日々。
撫でて、抱き上げて、
ただただ一緒に過ごすことが、当たり前になっていた。
なのに、
猫という生き物は、
あっけないほどに、自由に生きていく。
自由と責任と、ほんの少しの寂しさ
私自身、自由を愛している。
縛られるのは嫌いだ。
だから、本当は知っている。
猫にだって自由を選ぶ権利があることを。
臆病なくせに、
それでも外の世界に惹かれてしまう。
きっと、彼なりの冒険なのだ。
ほんの少しの勇気を振り絞った結果なのだろう。
帰ってきたら、何も言わない
前にも、一度あった。
あのときも、一日も経たずに、
何事もなかったかのように帰ってきた。
今回も、きっとそうだ。
帰ってきたら、怒ったりしない。
何も言わずに、撫でてやろう。
空っぽの空間
彼がいないだけで、
家の空気がこんなにも違って感じる。
ふだんは気にも留めなかった静けさが、
今日は異様に堪える。
小さな足音、
ふわふわの毛の感触、
甘えた鳴き声。
全部、ふっと消えてしまった。
静かな、空っぽの空間。
その真ん中に、私はぽつんと立っている。
きっと、大丈夫
玄関を少しだけ開けておいた。
彼が帰ってきたら、すぐに入れるように。
夜になったら、もっと静かになる。
そのほうが、彼にも帰りやすいかもしれない。
焦らず、
責めず、
ただ待とうと思う。
自由を手にした臆病者が、
またふらりと帰ってくるのを。